2012年09月15日

dartzeel NHB458に捧げる狂想曲:静寂の向こうへ


Introduction


貴方は、なぜ武器が美しく見えることがあるのか、考えたことはありますか?
鎌倉時代の日本刀の刃紋、
自動拳銃のメタリックブルーの肌、
泥炭地を疾走する戦車の砲塔の影、
レーダーに映らない戦闘機の翼。
こんなものが、なぜ美しく思えることがあるのでしょう?
NHB458_monoblockpoweramplifier_highendaudio_dartzeelswiss_main.jpg
その問いは、人殺しの道具が何故美しくあるのか?という問いに帰するはず。
結局、その答えは、
優れた道具の性能は優れたカタチとして現れる、ということに尽きるのではないでしょうか。
オーディオも同じだと思います。
凄い音を出せるオーディオマシーンは大概、凄いカタチをしているものです。
最近の例だと、
ConstellationのAltair、
DanDagostinoのMomentum、
JBLのDD66000
TECHDASのAir Force One等々。

でも、例外はありますね。必ず。
素晴らしい音を出せるのに、ちっともカッコよくないものが稀にはある。
dartzeel NHB458モノラルパワーアンプは、その代表でしょうか。

リニアモーターカーの直線性と
F1マシンの反応性を併せ持つパワーアンプと言われる、
このモノラルアンプの音と姿のギャップは・・・。
あまり例がないかも知れません。


Exterior and feeling

このメーカーのアンプのカラーリングは独特すぎるかもしれません。
NHB458の前で「アイアンマン・・・?」と呟く人を私は見たことがあります。
これはマーベルのキャラクター、アイアンマンに似すぎです。
この色合いを見て、私はそれしか思い浮かばなかったのです。
このSFチックとさえ言いたくなる素晴らしい性能が、
アイアンマンのスーツを連想させるのは仕方ないのですが、
ルックスまで・・・・。
kotobuki-oo0136L.jpg
その代りではないのでしょうが、筐体の素材は贅沢、作りはいい。
フロントパネルのアルミ材の厚みを見よ。30mmはあるでしょう。
また、フロントパネルの枠の中が傾斜しているデザインは珍しいです。
ただし、それは格好いいとも言いがたい。
組み立てもキッチリしています。
パネルとパネルの接合部にはカミソリの入る隙もないのは勿論です。
最小数のアルミ切削パーツをホゾ組みを多用して、
まるで寄木細工のように精巧に組み上げています。
表から見えるネジの頭数もかなり少ない。リアとサイドの8本だけのように見えます。
そのわりにはスッキリした印象がないのはデザインの失敗ですかね。
陽極処理による着色も均一で鮮明、手抜きのない仕上げ。
だが、こんなカラーリングならいりません。
着色なしのNHB458は少しは安くなるのでしょうか?
なるなら、そっちでお願いしたいものです。
NHB458_monoblockpoweramplifier_highendaudio_dartzeelswiss_side.jpg
サイドパネルはあえてスモークガラス。
電磁波対策を考えた強化ガラスです。
こうすれば磁気ループは発生しなくなります。
異種素材をあわせることで共振を防ぐ意味もあるでしょう。
だが、ここに印刷されたデカいロゴは余分。

アンプの中身も盛り沢山です。
三種類の精密な硬質樹脂製のサスペンションでトランスを固定したり、詳細な内部の温度測定と管理を徹底したり、電流量を監視するシステムと、出力段で実際に働くトランジスターの数を必要に応じて変化させるシステムを組み合わせたカラクリを仕組んだり。
このカラクリのせいか、触ってみると、8Ωで450W、2Ωで1000Wという大パワーだがフルドライブでもほとんど熱くならないですね。
NHB-458_2_big.jpg
後面に回って、がっかりするのはスピーカーのバインディングポストが1個しかないこと。RCAとXLR、そして独自規格のBNC端子での電流伝送方式の入力を選べるのはいいのですが、カルダス製のバインディングポストは1個だけ。
このクラスのアンプはトライワイヤリングにも対応していてほしいところです。

それにしても、やはりNHB458のカラーリングは問題ですな。
この赤と黄色という唐突なコントラストで、
アンプの好き嫌いはかなり分かれてしまうことでしょう。
私個人は、このカラーリングが好きということはありえないですね。
このアンプの赤と黄色のコンビの印象は、まるでラプソディのようです。
まるで合わない色が一つになろうとしてもがいているような、
狂おしい旋律を想い起こすわけです。


The sound 

世の中では上には上があるもの。
しかし時々、一見あるいは一聴して、
この上位には、なにもないだろうなと思わせるものに出会うことがありますよね。
しかし、そこまで凄い代物の凄さに気付くためには、
それなりの経験を要することが多いのですが。

「凄まじき御手並み、とても私の敵うところではございません」
「いやいや、これしきの動きで、そうと気付かれた貴方様こそ、
かなりの炯眼(けいがん)と見ましたが」
時代劇で二人の武士が話す場面、この手の謙遜の会話を思い出すのですよ。

かつて、耳練磨というオーディオのHPをよく見て参考にしていました。
要するにステレオサウンドで菅野氏がやっていた御宅訪問をやるHPでしたね。
他人のオーディオを聴いて経験値を増やそうっていう話ですよ。
確かにそうして、いろいろなオーディオシステムを通した音を聴いて、
感性を磨いて、初めて心に響いてくる音があると思います。
それは、なにも勉強せずに聞こえる音とは別格の快楽。

NHB458モノラルパワーアンプと推奨のNHB18NSプリアンプのペアの音は、
パッと聴いて、その凄さが分かるようなものではないかもしれません。
しかし、それなりの経験値があれば、
ハッとする音であることは請合っていい。

JeffのCriterionやAccuphaseのC3800、A200を
聞き込んだ経験があれば、貴方は気がついているかもしれません。
現代の最先端のオーディオでは、
音の背景、あるいは音と音との狭間の持つ意味を深く追求する傾向があるように思えます。
それは、現代オーディオが、静寂の向こう側をも意識させるオーディオへと
進化しつつあるという兆しのように私個人は期待しています。
この兆しを意識して、はじめて聞ける音。
それがdartzeel NHB458を通した音の世界だと思います。

静寂の向こう側って?
それは無私の世界です。
ワタクシというモノが無い、
自分の存在さえ消した世界ということでしょう。
cumulonimbus.jpg
青空をバックに、音もなく、むくむくと膨らんでゆく
巨大な入道雲を眺めている時、
あの雲からも音は出ているはずだと思ったことがあります。
あの雲が形を変え、空高く成長している時、
その中で起こる微細な水蒸気の粒のぶつかりあい、
そのひとつひとつは人間の耳に聞こえないほどの小さな音であるにしろ、
壮大なスケールで空気を震わせているちがいない。
にもかかわらず、それを眺める私の耳には、なにも聞こえない。
あれは、壮大なスケールがありながら、限りなく静寂に近いゆえに聞こえない音。
そういう音がオーディオを通して聞こえたとき、初めて気づく境地、
それが「静寂の次にある世界」と私が名付けるものではないかと。
その世界をリスナーに意識させるためには、アンプの存在自体を消さなくてなりません。

アンプの存在感を消すには?
まず、どんなに細かな音でも、なにも足さず、なにも引かず
そのまま鼓膜に届ける力が要ります。
音が、それが伝わる過程で全く鈍らず、全く歪まないことが必要だ。
真っ直ぐ、レーザービームのように鼓膜に飛んでくるようなイメージです。
これを私は、音の聴感上での「直線性」と勝手に名付けてしまった。
開発者のエーべ デレトラのインタビューの翻訳にある「直線性」という言葉が出元です。
本来、電気工学でいう直線性=リニアリティというのは
入力信号に対する出力信号の忠実度を指している。
だが、彼の言い方は、そういう用語とは別の、文学的な意味・使い方ではないかと思いました。
000007044.jpg
なにせインタビューでは「リニアモーターカーのような直線性」と
エーべ デレトラは言っています。
これはリニアモーターカーのように素晴らしい速力で直進する音の喩えでは?
私は、そういう喩えも含んだ意味合いで言ってるのだと思いたいのです。
そう、少なくとも部分的には音のイメージを指す言葉と私は解釈したい。

もう一つ、微細な音の変化にも正確に追随する、反応の素早さも必要になる。
いわゆる音のスピード、F1マシンのハンドルのような反応性の良さです。
images.jpg
だが、ここで求められるスピードは、
耳で「速い」と感じられるレベルであってはならない。
もう速いということ自体が、
ほとんど感じられないほどでなければなりません。
目にもとまらぬほどの反応の良さが必要だと思います。
たとえ見えても、それは残像だけ。
そんな感じの速さと思えばいいのです。

リニアモーターカーの「直線性」とF1マシンの「反応性」を併せ持つ
NHB458は、音楽だけを全く鈍らせないで直進させ、
かつ素早くコーナリングさせ、ターンさせる。
このレベルの「直線性」と「反応性」を併せ持ったとき
アンプは、単なるSN比の向上では成しえない世界に突入するのです。
まるでシステムの中に自分が存在しないかのように、
自分の存在証明を徹底的に消してしまう世界に。

NHB18NSプリアンプとNHB458モノラルパワー の組み合わせは
ストレートワイヤー ウィズ ゲインでさえない。
まるでケーブルが無いオーディオシステムを聞いているようです。
送り出しとスピーカーが一つになったように、
アンプやケーブルの介在が感じられない。
それでいて、音量調節ができ、
どんなスピーカーでも生き物が呼吸するように自然にドライブされてしまうのです。

NHB458を加えたシステムの音を聴いていると
いままで聴いた、どのようなアンプの音も
ガラス越しに見る景色のようなものに思えてきます。
そのガラスの透明度がいかに高くても、
NHB458の音に比べれば、なにかを通して見た音に他ならないのです。
ここでは音の透明度を云々する必要がないわけです。
音楽が演奏された空間とリスニングルームが
同じ空気を共有しているように、連続しているように感じられます。
しかも、それがまるで当たり前のことであるかのように、です。
こういうパワーアンプって、今まであったでしょうか?

このアンプを通して聴けば、静寂も実はある種の音なのだと気付かされます。
大気の有る場所には、本当に音がない場所はないのでしょう。
人が静寂と呼ぶものは、人間の耳に聞こえるか・聞こえないかの境界線にある小さな音の集まりなのだとNHB458は気付かせてくれます。
それは背景が静かだから気付くのではありません。
どのようなアンプにも、微かにはある固有の音がマスクしてきた、小さな音の触感が、NHB458の無私の仕事により、真っ直ぐに耳に届けられるようになるからだと思うのです。

NHB458を通すと
すべての火は火であるように、すべての音はただの音として、
あっけらかんと立ち現れます。
全くの無からアッという間に立ち上がる音、音、音。
どんな微細な音でも、
どんなに巨大な音でも、
そして、かつて無音と思えた静寂そのものでも
NHB458の取り扱いに抜かりはないのです。

ここまでの音の表現の仕方に無理があるのは分かっています。
的外れな飛躍かも知れない。
とはいえ、
多少、破茶目茶な手法を取らないかぎり、
規格外に素晴らしい音は語れないと思うのです。
毒もって毒を・・・。
察して欲しいのですが・・・。
無理でしょうね。

ところで、このアンプを実際に測定して得られるSN比は
パワーアンプとしては、高い部類に入るでしょうが、
一番かと言われると、そうではないと思います。
数値上はこの上をゆくアンプも有るはず。
しかし聴感上で、このアンプ以上に音の立ち上がり・立下りが鋭いと思わせるパワーアンプは恐らくないでしょう。この音の動きの鋭さは、NHB458の固有の音色、音触のなさから来るものでありまして、そういう無私なる態度が最も明らかに感じられる部分でもあります。

また、このアンプの持つダイナミックレンジの広さ、
スピーカー振動板を揺り動かすパワーそのものの大きさ、
ダンピングファクターの途方も無い余裕、
微塵の粗さも感じさせない音のキメ細かさ、
それらは最高のレベルでバランスが取れていて、
不満を述べようもないです。
ここまで理想を追いかけて実現させたアンプとなると、
日本の電源事情ではパワーが出しきれず詰まった音になったり、
しょっちゅうプロテクションがかかって使い物にならなかったり、
トランスが唸りまくったり、
野放図な発熱による火事を心配させたり、
置けないほど重くて大きかったりするのが普通で、
実生活での使用に耐えない場合も多いものです。
しかし、NHB458は、値段以外は問題ないようです。

無を背景とするNHB458の出音を聞きこんでゆくと、
音の微弱なニュアンスの湧き出るような表現に驚いてしまいます。
音楽が、これほど表情豊かに鳴る経験は、ほぼ初めてと言ってよい。
リアルに目の前で楽器を弾かれても、
「ここまでの聞こえ方はしないさ。」
思わず呟きが漏れてしまう。
ささいなディテールから、もっと上位の音楽の精神的な構築まで、
こもごもに現れてワッとこちらに押し寄せてくるからです。
激しく展開するオーケストラによる演奏、サロネンの指揮する「火の鳥」を聞きます。
ここでは大スケールと、その微細なディテールの真の両立が成し遂げられるのです。
それらがストレートに吹き上がる音の中で爆発したあと、空間に溶け込み消えてゆく。
NHB108modelone_poweramplifier_highend_dartzeel2.jpg
dartzeelのステレオパワーとの違いは圧倒的な馬力の差。
NHB108 model oneはいくら聴いても、純度の高さが売りで、
聞く者に訴えかけるものが薄かったと言えなくもないですが。
NHB458は、そこの憂いが完全に払拭されているのです。
NHB108 model oneのオーナーはNHB458は真面目に聞かない方がいい。
絶望するかもしれませんから。
passX1000.jpg
ネルソン パスは言ってます。
「天然成分の潤いが感じられる美味しい水のような音でないと満足できない。
無味無臭の音は私たちの望むところではない。」
そういう立場で言えばNHB458は望ましくないアンプでしょうね。
dartzeelの音は透明すぎる。無味無臭すぎる。
でもそこに惹かれるし、そうでなきゃdartzeelじゃない。
PASSとは違うのだよ。PASSとは。
1003_081.jpg
現代のパワーアンプの中で、
コストパフォーマンス含めて最高のアンプはSoulution710だと私は思っています。
このアンプはスペック上は中出力程度のステレオパワーでありながら、
他社のトップエンドのモノラルパワーを余裕で上回る金剛力を発揮します。
しかし、この710ですらNHB458と対峙させれば、秒殺という結末かもしれません。
Soulution710ではパワーアンプの存在感がありすぎる。
NHB458は、これだけのパワーがありながら、
まるで、そこに居ないようなマジカルなサウンドを供する特別な武器です。
少々格好の良くない武器ではありますが。

このアンプのルックスとサウンドをセットとして考えると、
狂想曲を聴いているような感覚に陥ります。
これではルックスとサウンドが全く相容れない。
このアンプのカラーリングと同じく、
まるで合わない二つの要素が一つになろうとして、
狂ったようにもがいているようなイメージが頭の中で再演されます。
dd8157a4.jpg
また、NHB458は、Accuphase A200のような、
100年後も基本的には変わらぬであろう見慣れたルックスと、
どこか聞き慣れた音調でファンを安心させる製品とも違います。
暗黙の枠組みの中で、
開発チーム内の平均化された意見で音決めされたA200と、
本当に時間的、金銭的制約なく、
エーべ デレトラの独裁で作られたNHB458との差は大きいと思っています。
アキュフェーズ村の中での賞賛と仲間意識というか、
顧客とメーカーの馴れ合いの和の中で
オーディオの幸せを育んでゆく立場からしますれば、
NHB458は逸脱した価格で人を惑わす、
奇妙なルックスと過剰で、過剰な性能を持つ際物と映るかもしれません。
ですが、そう言われて、それを認めてもなお
NHB458は音質では優位に立つと言って憚らない私がここに居るわけです。
Avalonの最高傑作Diamondを生み出したニール パテルが
独裁的な開発でなければ到達できない次元もあると言ったことを今は思うのみ。

以前、C3800プリアンプと合わせて試聴したA200の音には、
江戸時代に描かれた襖絵のような静かな様式美を感じます。
A200を通した音を聞きながら目を閉じると、
城の奥、謁見の間がぼんやりと見えるような。
matsutaka.jpg
貴方は夏の昼下がり、日本の古城を訪ねてみたことはあるでしょうか?
襖絵が飾る書院造りの畳敷きの間に、ひとりで立つと静けさに圧倒されます。
畳や襖が音を吸収し、
あるいは柔らかく反響させて静謐な空間を演出している中で、
目を凝らすと襖絵のパノラマが見えてきます。
地獄組された障子越しに舞い降りる弱い光や、
絵蝋燭の赤みを帯びた灯し火が照らし出す淡い闇の中に画面が映し出されます。
年月を経た金箔の渋い反射の中には、
曲がりくねった大松があり、そこに険しく目を見開いた鷹がとまり、
傍らに、辺りをうかがうように身を屈めた虎が控えています。
あくまでも静謐で動きが無い、整った空間、
一つの枠に見事に収められた静寂の様式美が見えてきます。

A200の音は絢爛でありながら、静粛。
ただし、どこか平面的です。
節度があり、謙虚であるとも言えます。
音は、あくまでその静寂から飛び出しては来ようとはしない。
これは襖絵の世界です。
音の遠近感、立体感が相応でないとでも言いましょうか。
これは、この記念碑的アンプに望まれるレベルの、
低域のドライブ感、解像感が得られていないことが第一でしょう。
A200の音は、静寂感がこれほど素晴らしく、
音の質感表現も見事であるにも関わらず、
なにか足りない音。
だが、これはアキュフェーズの様式美の文脈からは外れてはいないのです。
新世代の静寂を手にしていながら、伝統からは逸脱してない。
襖絵はあくまで襖なので、外縁には枠があるし、寸法も概ね決まっている。
そこにある大和絵にしろ、唐絵にしろ、
描かれる題材、対象もエピソードも伝統に縛られています。
この制約の中で金箔、あるいは銀箔の地に群青、緑青や濃墨で描かれる画面が
日本の襖絵というものでしょう。
まさにA200のサウンドが、日本の襖絵のように私には聞こえます。

しかし、A200とNHB458の目指すところは、実は近いと思います。
音にパワーと静粛性の両立への意識を強く感じさせるあたり、
目指すものは、どこか似ているような気がします。
しかし、できあがったモノはあまりにも違う。
ルックスも音も隔絶しています。
この価値観の断絶は深いものがありましょう。
この違いはどこから来るのか?
もしや、それは狂気と正気の違い?
それとも自分を消すか、自分を尊重するかの違い?
とにかくNHB458は、
限りなく自分を消し去ろうとすることで
数字では測ることができない静けさの本質に、
さらにもう一歩踏み込んでいるパワーアンプでしょう。


Summary

静寂な向こう側にある無に届くための、
不埒な武器として創り出されたNHB458の価格は、
その音質追求の際限のなさゆえ、とんでもないことになっている。
これはもう技術とは言えません。
このアンプは本当に限られた人にしか恩恵をもたらさないから。
万人は、この音に接する機会があったとしても、
そのあまりに自然な振る舞いゆえ、
その存在を気を留めることすらないでしょう。
本来、優れた技術というものは
老若男女どんな人にでも分かり、全ての人に恩恵を与えるもので、
分かる人にしか、分からないようなものは違うと思います。
これは、あくまで芸術の領域です。
突拍子もない値段のつけ方も、芸術作品に相応しい。

また、無私であること、自分の個性を徹底的に消すことも、
一種の個性であると言えなくもない。
この徹底した態度を、むしろ人工的と位置付けて、
逆に煩わしく感じる人もいるかもしれません。
それは、NHB458に隠された、かなり高尚な欠点でしょう。

このdartzeel NHB458を作り出した情熱は、
もしかしたら狂気を孕んでいるのかも知れません。
この音の掘り下げの深さは、
物狂いにさえ思える独創、信念の成し得る技。
しかし、深すぎる掘り下げは
触れてはいけないセカイへ通じていくような恐れもあります。
実際、こうして捲し立てる私の頭の中にも、
狂気が入り込んだか。
手直しもなく、
こんな支離滅裂な文章を
締めくくりつつあるのがその証拠ですね。
NHB458_monoblockpoweramplifier_highendaudio_dartzeelswiss_main.jpg
今夜はオーディオの狂想で遊ぶ夜らしいのです。

posted by 万策堂 at 02:53| 日記 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。